田邉尚雄(1885‐1984)は、東洋音楽学会の初代会長で、のちに名誉会長となった音楽学者です。田邉尚雄賞は、東洋音楽研究のいっそうの発展を促し、わが国における学術の発展に寄与するために、東洋音楽に関する研究の奨励及び会員の研究業績を表彰することを目的として昭和58(1983)年度から実施されています。この賞の生まれた経緯については、機関誌『東洋音楽研究第49号』(1984)に以下のように記されています。
毎年、学会員5名から構成される田邉尚雄賞選考委員会が作られ、審査を行う前年の1月1日から12月31日までに発行された会員による研究業績を対象として選考が行われます。
最新の受賞者・授賞対象
2025年度、第43回田邉尚雄賞は、下記のように決定いたしました。
受賞者・授賞対象
村山佳寿子
『箏曲点字楽譜の誕生─伝統音楽の近代化と盲学校における音楽教育─』
(六花出版、2025年9月30日発行)ISBN978-4-86617-310-8
澤田篤子
『声明理論の形成過程─平安・鎌倉期を中心に─』
(法藏館、2025年12月20 日発行) ISBN978-4-8318-6074-3
選考経過
対象期間中に刊行された会員の業績12作のうち、授賞候補としての要件を満たす11作を選考対象とし、回覧・精読を行った。第一次選考(2026年2月20日)で上位5作に絞り込み、3月15日にzoomで開催した第43回田邉尚雄賞選考委員会において慎重に審議した結果、上記2作が授賞にふさわしいとの結論に達した。
授賞理由
村山佳寿子『箏曲点字楽譜の誕生―伝統音楽の近代化と盲学校における音楽教育―』は、箏曲の点字楽譜というこれまでになかった切り口から、日本音楽史の近代を描き出した意欲作である。点字資料を含む一次資料の丹念な分析により、箏曲の点字楽譜それ自体の成立過程を明らかにしているだけでなく、その背景にある社会的・教育的・音楽的な諸問題を幅広く論じることにより、日本における「近代」とは何であったかという普遍的な問題に、新たな視座を提示することに成功している。洋楽受容史、学校教育史、宮城道雄研究など、様々な分野に重要な知見を与える優れた研究成果であり、巻末における宮城道雄の自筆点字楽譜一覧及び点字楽譜の翻刻は、資料的価値も高い。
澤田篤子『声明理論の形成過程―平安・鎌倉期を中心に―』は、安然『悉曇蔵』及び湛智『声明用心集』を中心として、主に平安時代から鎌倉時代にかけての声明理論の形成過程を論じた大作である。難解で知られ研究が不十分であった両書に正面から取り組み、現在知られている両書の周辺の声明理論書をほぼ網羅した上で、雅楽のみならず平家や能をも視野に入れ、古代から中世にかけての音楽理論の歴史的展開について、基本的な展望を明らかにした。声明研究をはじめ、日本・東洋音楽史、仏教学、音韻学など、多くの専門分野において今後必須の重要な先行研究となるだけでなく、近年の音楽人類学や民族音楽学の動向に重ね合わせうる側面をも備えている。
以上により、上記2作は、田邉尚雄賞の趣旨にふさわしい研究成果として、高く評価することができる。
選考委員:高瀬澄子(委員長)、遠藤徹、奥中康人、佐本英規、濱崎友絵
