田邉尚雄賞について

田邉尚雄(1885‐1984)は、東洋音楽学会の初代会長で、のちに名誉会長となった音楽学者です。田邉尚雄賞は、東洋音楽研究のいっそうの発展を促し、わが国における学術の発展に寄与するために、東洋音楽に関する研究の奨励及び会員の研究業績を表彰することを目的として昭和58(1983)年度から実施されています。この賞の生まれた経緯については、機関紙『東洋音楽研究第49号』(1984)に以下のように記されています。

昭和五十七年故田辺尚雄先生の白壽の祝賀に際して、先生より研究業績の表彰事業のための資金として、東洋音楽学会に五十万円の御寄附があり、次いで五十八年百歳および文化功労者の御祝に当り、五十万円の御寄附を頂いた。本学会はその御厚意をお受けし、定款第五条四の事業として「田辺尚雄賞」を設け、昭和五十八年度から実施することになった。

毎年、学会員5名から構成される田邉尚雄賞選考委員会が作られ、審査を行う前年の1月1日から12月31日までに発行された会員による研究業績を対象として選考が行われます。

最新の受賞者・授賞対象

平成29(2017)年度、第35回田邉尚雄賞は、以下のように決定いたしました。

受賞者・授賞対象

飯野 りさ

『アラブ古典音楽の旋法体系:アレッポの歌謡の伝統に基づく旋法名称の記号論的解釈』
(スタイルノート、2017年2月25日発行)ISBN978-4-7998-0158-1 C1073

榧木 亨

『日本近世期における楽律研究:『律呂新書』を中心として』
(東方書店、2017年3月31日発行)ISBN 978-4-497-21703-5 C3010

選考経過

今回推薦された業績9件について、3月4日に開かれた第35回田邉尚雄賞選考委員会で慎重に審議し、上記の2件が選ばれた。授賞式は本学会第69回大会で行われる予定である、理事会で承認された授賞理由は以下の通りである。

授賞理由

『アラブ古典音楽の旋法体系:アレッポの歌謡の伝統に基づく旋法名称の記号論的解釈』は、シリアのアレッポにおける歌謡を事例に、アラブ古典音楽の旋律様式体系を、記号論を理論的土台として文化内在的な枠組み(音文化)と文化外在的な枠組み(音楽学)を対応付けながら解明したものである。本書ではこれまで注目されてこなかった「ナガム」を中心的な旋律概念として取りあげ、それをアラブ音文化の核にある「タラブ」概念と結び付けるとともに、ナガムを構成する旋法名称の音楽学的体系性が明らかにされる。実践者の音楽知に常に立ち戻りつつ、文化内在的領域と音楽学的領域の双方向から旋法を捉える複合的でダイナミックな研究手法が、アラブ古典音楽の研究に留まらない、新たな音楽構造研究の地平を切り拓くものとなっている点が優れていると評価された。

『日本近世期における楽律研究:『律呂新書』を中心として』は、朱子学を代表する楽律書『律呂新書』の日本における受容と変容の様相、展開過程を明らかにしたものである。そのため林鵞峰、斎藤信斎、蟹養斎、内堀英長らの著作を発掘し、日本近世期の『律呂新書』研究を検討した。その結果、日本近世期における『律呂新書』受容の傾向として、著者である蔡元定が求めた数的に均整のとれた理論の追究でなく、実践可能な方向への楽律論の改良を重視したことを指摘した。また、楽人をまき込んだ実践的観点からの研究であったことも指摘した。楽律研究の解明によって、近世期の知のあり方と、東アジアの新たな朱子学像の探求をめざす研究である。近世の儒学者の音楽実践の実態を明らかにした点も優れていると評価された。

選考委員: 奥山けい子(委員長)、梶丸岳、加藤富美子、寺田吉孝、吉野雪子